実業家と芸術家…二つの顔を持つ三浦工業創業者・三浦保の半生にミウラート・ヴィレッジで触れる

  

愛媛/松山ミュージアム Vol.5 ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)

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松山市堀江町の一角にある美術館、ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)。
この美術館は、愛媛でも全国的な知名度を誇る企業・三浦工業株式会社の本社の敷地エリアにある施設です。

蒸気ボイラーを中心とした、様々な冷熱機器の開発・製造販売を行う三浦工業。CMなどでその存在を知っている方も、きっと多いことでしょう。

全国的にも有名な機械製造会社の中に、なぜ美術館があるの?
そんな疑問を持った方も、もしかしたら中にはいるのではないでしょうか。

その理由は、三浦工業という会社そのものを創り上げたとある人物の存在にありました。

現在ミウラート・ヴィレッジにて開催されている、「没後25年 三浦保 生命の光展」
これは三浦工業の創業者・三浦保が手掛けた美術作品を多数展示している企画展です。

初代社長である故・三浦保。彼は多忙な社長業を日々こなす傍ら、実は芸術家としての活動も行っていた人物なのです。

そんな三浦保が生前に設立・開館を計画し、その死後も「芸術が集う村」としてのコンセプトを掲げ続け、多くの芸術・美術愛好家が訪れるミウラート・ヴィレッジ。

現在開催されている「没後25年 三浦保 生命の光展」は三浦工業創業者ではなく、一人の芸術家・三浦保がどのような人生を送ったのか。
彼の芸術・美術への愛や半生が垣間見えるような、そんな企画展ともなっています。

三浦工業創業者・三浦保のもう一つの顔…書、陶芸を中心とした芸術家

松山市のとある工場を営む家族の子どもとして生まれた三浦保。
精麦機を製造・販売していた父の製造所の後を継ぎ、三浦工業株式会社を設立。

以降同社を一代で上場企業にまで成長させましたが、多忙な社長業をこなすその人生の傍らには、常に芸術・美術があったと言っても過言ではありません。

様々な美術品の蒐集に飽き足らず、絵画や能楽に自身も作り手・演じ手として携わっていた三浦。
そんな彼が中でも熱を入れたのは、書と陶芸、そして陶板画の三つであったと言います。

本展示の前半エリアには、まず書と陶芸作品が中心として展示されています。

これらの作品だけでも、三浦保が社長業の傍らであったとは言え、どれだけ本格的に芸術家としての側面をきちんと持って活動をしていたかがうかがえるのではないでしょうか。

展示空間にはたくさん並ぶ陶芸作品と共に、三浦が当時実際に作陶を行っていた際の貴重な光景を捉えた写真も併せて掲示されています。

一代で上場企業を創り上げたその生活は、当然のことながら私たちの想像も及ばないほどに多忙なものでした。
ですが、そんな忙しない毎日を送る中でも10分でも20分でも暇を見つけては、自身で構えた作陶所へと足を運んでいたと言います。

空いた数分でろくろを回し、時間が来れば自身は再び仕事に戻る。

そうまでしても自身で作品を生み出したいと思う三浦の情熱は、間違いなく芸術への愛と呼んで差し支えないでしょう。

そんな彼の手によって生まれた、茶器や花器などの様々な陶芸作品。
それがこの空間には、多数並んで展示されています。

また陶芸と同じく、三浦は書にも大きな情熱を傾けていました。
絵画など他の美術作品の制作に比べ、忙しない社長業をこなす生活リズムとの相性が特によかったのが、この2つの芸術分野だったようです。

今回の展示で掲げられている作品の中でも印象深いのが、そんな彼の達筆によって描かれた標語・座右の銘の書の数々です。

一代で会社を大きくした社長の理念や精神性を、彼の意志を継ぐ社員たちに多く周知する役割を担っていた数々の書たち。
当時を知る人曰く、この書が載った社内報を読むことは、社長の心に触れるとても貴重な機会だったのだそう。

陶芸の道から陶板画へ…そこで出会った生涯の友と大きな二つの夢

そんな風に、多忙な社長業と芸術家としての活動を両立させていた三浦保。

社長を退き会長となって以降は現役時に比べ時間の余裕ができたのか、芸術面においての彼の興味は陶芸を基にした陶板画へと徐々にシフトしていきます。

焼き物の陶板をキャンバスとして、色を付ける釉薬を使い絵を描く陶板画。
釉薬の調合や陶板を焼く窯の温度など、様々な要素が絡み合う事で同じものは2つとない作品が生まれる、非常に奥深い芸術の領域です。

そんな陶板画の世界に魅了された三浦でしたが、彼がこの分野において他の芸術家と一線を画したのは、元来持っていた機械メーカーの「技術者」としての一面でした。

一般に、いわゆる油絵や日本画などの絵画を描く芸術家の場合、自身の絵を描くキャンバスや絵の具まで自作をして絵を描く、という人は非常に稀な存在です。

ですが、陶板画を制作するにあたって三浦保はそれらを全て当たり前のように行っていました。

理想の陶板を制作するための窯を造ることから始めたり、釉薬の独自調合や、時にはこれまでの陶板画にはない画材を使って絵を描いたり。

そんな彼の独自性の高い陶板画作品は識者によって「ミウラート」と名付けられ、1つのジャンルとして確立されたものともなっています。

自身の思い描く作品を作るため、素材からの試行錯誤を重ねる。
そんな姿勢は、彼が根っからの技術者であったからこそのものだったことでしょう。

そんな中で晩年、彼は自身にとって非常に大きな存在である人物との出会いを果たします。

その人物とは、キューバ出身の芸術家であるネルソン・ドミンゲス。
元々ネルソンの作品に一目惚れし、彼の作品を購入していた三浦。

しかしひょんなことからネルソンもまた、三浦の作品を気に入りこれを購入したいと申し出ることがあったのです。

奇跡的なきっかけを機に、親交を深めることとなった二人。
ですが互いに多忙な生活を送っており、キューバと日本という遠い距離も相まって、なかなか対面での邂逅を果たすことができないでいました。

それでもいつか必ずネルソンと直接会ってみたい。
彼を日本に招いて、一緒に作品作りをしたい。

同時期に、ネルソンを始めとした様々な芸術家を招いたり、彼らがここで実際に制作を行えるような美術館を作りたい。

そんな思いから、このミウラート・ヴィレッジの計画に着手した三浦。

多忙な社長業を終えて一息つき、今後は趣味だった美術の方面においてもたくさん成し遂げたいことがある。

そう精力的な活動を続けていた彼でしたが、1996年9月に癌でこの世を去りました。
享年68歳という、まだまだ先が続くはずだった旅路の途中でした。

ミウラート・ヴィレッジの建設、そして憧れのネルソンとの対面邂逅。
そのどちらの夢も果たせないまま、彼は道半ばにしてこの世を去る事になります。

そんな三浦の遺志を継ぎ、生前彼が強く希望していた建築家・長谷川逸子氏の迅力を中心として、このミウラート・ヴィレッジは1998年に竣工を迎えました。

そして三浦との対面邂逅が果たせなかったネルソンも、三浦が亡くなった年の11月に約束通り日本・愛媛の地を訪れています。

彼が遺した画材、陶板、窯などを使い、来日したネルソンは延べ10日間を掛けてこの陶板画を完成させました。

共同制作となった作品のタイトルは「生命の光」。
三浦の夢は死後も多くの人の手によって叶えられ、その存在はさらにたくさんの人に愛されるものとなっています。

三浦工業創業者と芸術家、二つの顔を持つ三浦保の生涯の軌跡を追おう

愛媛が誇る企業である三浦工業株式会社を一代で作り上げた創業者・三浦保。
本企画展はそんな彼の技術者、そして芸術家としての側面をより仔細に知る事ができる、非常に貴重な作品が多数展示されています。

様々な芸術作品を通じて、その人となりや生涯に触れることのできる「没後25年 三浦保 生命の光展」。
興味を持った方はぜひ、8月22日~10月31日までの開催期間中にミウラート・ヴィレッジまで足を運んでみてくださいね。

■ 没後25年 三浦保 生命の光展
開催日時:8月22日(日)~10月31日(日)9:30~17:00(入館16:45まで)
開催場所:ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)
問合せ:ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)
TEL:089-978-6838

■ ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)
住所:愛媛県松山市堀江町1165-1
営業時間:9:30~17:00(入館16:45まで)
料金:一般500円、高校大学生300円、中学生以下無料 (税込)
駐車場:あり
イマナニで「ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)」の情報を見る
ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館) 公式HPはこちら


reported by イマナニ編集部 曽我美なつめ
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