偉人・坂本龍馬の魅力を発信! 『知っちゅうかえ、龍馬?』 Part.11

  

エピソード:ジョン万次郎の盟友・池道之助

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こんにちは!坂本龍馬記念館です。
当館スタッフが、坂本龍馬記念館のいろんな魅力を発信していく本コラム。

今回は坂本龍馬と同様に高知で活躍した、とある人物にまつわる小話をお届けします。
小説やミュージカルにもなり、今や知名度抜群のジョン万次郎。龍馬と同じ時代に土佐の漁民として生まれ、偶然遭難したことをきっかけにアメリカ本土へ渡り、帰国後は幕臣として活躍した人物です。

波乱万丈なジョン万次郎の生涯はとても魅力的ですが、今回はジョン万次郎と関係の深い、池道之助という人物をご紹介しましょう。

新館の常設展示室の横にあるのが「ジョン万次郎展示室」です。

展示室には彼の波乱万丈な人生を記す資料がたくさん。

池道之助(1821~1872)は、現在の土佐清水市中浜生まれ。
ジョン万次郎とは同郷で6才年上です。
若い頃から漢学や易、天文、兵法などを進んで学ぶ地域の名望家だったと伝わっています。

万次郎は帰国後幕臣となり、元治元(1861)年から3年間薩摩藩の洋学研究施設である開成所の教授として招かれますが、慶応2(1866)年1月に故郷の母に会うため中浜に一度帰省しています。

万次郎が出発する際、道之助は藩から測量学修行の名目で九州へ行く許可を得て、万次郎に同行します。
一度高知城下へ出た一行は、宇和島、佐賀関、熊本を経由し、7月に長崎に到着しました。

激動の時代に大勢の人材を輩出した高知県。
池道之助もそのひとりです。

目まぐるしい速度で欧米化が進む時代を当時の人たちはどのように見ていたのでしょう。

初めて見る欧米の文化…見たこともないたくさんの刺激的な情報に囲まれて

当時の長崎は国内でも数少ない開港地。異国の人や物、情報であふれる刺激的な町でした。
特に道之助たちが訪れた時代は、幕府や諸藩がこぞって蒸気船や最新の銃器を買い求める、国内では最先端のマーケットでもありました。

土佐藩は殖産興業に特化した部署「開成館」をこの年設置し、長崎に出張所を置いて諸外国と貿易を行なおうとしていました。
万次郎は土佐藩の求めにより、長崎で蒸気船購入の手助けをすることとなります。

8月、万次郎はその目的で後藤象二郎らと10日間ほど上海へ行きますが、道之助は同行せず、長崎に残ったようです。

異国の文化が記された「文物見聞録」。
貴重な資料です。

左の絵は「ジシヤク」。
右の絵は日本語と英語を対比した方位表で、「北」を「ノウス」とカタカナで記しています。

道之助の日記「思出(おもいで)草(ぐさ)」によると、道之助は慶応4(1868)年1月ごろまで長崎に滞在し、その間の出来事や見聞きしたことを、時に絵入りで記しています。

勉学や武術修行、寺社参詣など、生涯のうち限られた目的以外でほとんど藩外へ出ることのなかった江戸時代の土佐の人にとって、長崎で目にするのは珍しいものばかりだったでしょう。

「思出草」は原本が行方不明となっていますが、道之助の子孫宅に残る「文物見聞録」には、そうした異国の人の姿や道具類の絵が数多く描かれています。

左は「提灯」、右は「行灯」。
どちらもガラス製で、西洋の照明器具です。

見たこともない文化に出会った道之助は一体どんな心情だったのでしょう。

今年、当館では所蔵者より上記の「文物見聞録」などの資料寄託を受けました。
10月28日(土)より、新館2階のジョン万次郎展示室において「文物見聞録」を展示しています。

当館へ足を運んだ際には、こちらもぜひ見てみてください。
皆さんのご来館をお待ちしております!

参考文献:中濱東一郎『中濱萬次郎傳』(昭和11年、冨山房)、鈴木典子『現代語訳 池道之助日記』(平成23年、リーブル出版)

■ 高知県立坂本龍馬記念館
開催時間/9:00~17:00(最終入館は16:30)、定休日なし
開催住所/高知県高知市浦戸城山830
駐車場/あり 普通40台・障害者用2台バス4台
料金/企画展期間700円、展示替期間500円、高校生以下無料 
お問い合わせ/高知県立坂本龍馬記念館(088-841-0001)
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reported by 高知県立坂本龍馬記念館
イマナニ体験レポート