【ヤマシタパール】 真珠の養殖から彫金まで、全てが手作りのパールジュエリー 【愛媛/宇和島市】

  

宇和島の逸品! 世界で、たった一つの特別な真珠ジュエリー

ヤマシタパール1

装いに一つ添えるだけで、たちまちに華やかさや品のある印象を纏わせられる、パールジュエリー。

冠婚葬祭や入学式に卒業式など、カッチリとした場やスタイルで着用するイメージの多いパールジュエリーですが、最近は様々なデザインのアイテムが登場するようになりました。

真珠の養殖から加工・デザイン・制作・販売まで、全てを自社で行なっている「ヤマシタパール」では、一連・二連のパールネックレスや、大粒パールのペンダントトップといったオーソドックスなパールジュエリーだけでなく、写真のようなデザイン性の高いパールジュエリーを創造しています。

【ヤマシタパール】 真珠の養殖から彫金まで、全てが手作りのパールジュエリー 【愛媛/宇和島市】

宇和島湾で60年も真珠の養殖に関わってきた、真珠の老舗『ヤマシタパール』。

日本で唯一(かもしれない!)中小企業において、真珠の養殖から加工・デザイン・制作・販売まで、ヤマシタパールの三代目・山下 太(やました・ふとし)代表取締役に、真珠についてお話を伺いました。

豊かな宇和島の海で育つ、最高の真珠

【ヤマシタパール】 真珠の養殖から彫金まで、全てが手作りのパールジュエリー 【愛媛/宇和島市】

景観が美しいだけでなく、魚介類の楽園でもある、愛媛県の宇和島湾。
宇和島湾で生産される真珠は品質が良く、日本トップクラスの真珠養殖地として有名です。

そんな宇和島湾で、まだ真珠の養殖が盛んではなかった昭和36年頃。
三重県で真珠を養殖していた方々が宇和島湾にやってきて、こう話したそうです。

「この海は、我々が真珠の養殖をしている三重の海と似ている。 アコヤガイを育ててくれないだろうか? ぜひ買わせて欲しい」。
その話を聞き、これまで宇和島で農作業をしていた人たちが、アコヤガイの養殖を始めました。

そして「育てたアコヤガイを使って、自分たちでも真珠を養殖してみよう!」と考えた人々のうちの一人が初代山下良一(太さんの祖父)です。

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「真珠の養殖を始める前の祖父たちの暮らしは厳しく、いつも芋と煮干しを食べていたそうです。 真珠の養殖が軌道に乗ってからは、白いお米が食べられるようになったと聞きました」と太さん。

バブルが追い風となり、とても順調に成長していた宇和島湾の真珠養殖とヤマシタパール。
しかし、太さんが高校生だった平成3年の『バブル崩壊』を皮切りに、真珠の養殖業にとって厳しい時代へと突入していきました。

真珠の養殖業を襲う、自然の脅威

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バブル崩壊の4年後、平成7年に『阪神淡路大震災』が発生。
震災の影響で、真珠を生産しても加工をすることができなくなりました。
その理由は、真珠の加工業者が阪神に多かったからです。

そして、その翌年の平成8年頃からウィルスによる『アコヤガイ大量死』が発生します。
真珠の生産量そのものも激減し、真珠の単価は下がっていきました。

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「デザイン性を付加することで、真珠の価値や価格を高められないだろうか」。
そう考えた太さんは大阪の専門学校へ通い、デザインを学びました。

専門学校を卒業後は、彫金のクラフトマンとして働いていた太さんでしたが、実家の養殖を継ぐべくUターン。

愛媛へ戻ってきた太さんに、父親である二代目は「自分にとっての『やりたいこと』があるのなら、そっちに時間を使ってもいいんぞ」と呟いたそうです。

しかし太さんの人生にとって、物心のつく幼い頃から慣れ親しんだ真珠は、もはや欠かせない存在となっていました。
太さんは「自分も自然と、真珠の養殖に関わるものだと思っていた」と笑います。

三代目に就任し、養殖業を極める

【ヤマシタパール】 真珠の養殖から彫金まで、全てが手作りのパールジュエリー 【愛媛/宇和島市】

「真珠を使ってジュエリーをデザインするには、まずは品質の良い真珠を安定して作る技術を継承しなければ」。
家業を継ぎ、ヤマシタパールの3代目となった太さんはそう考え、約6年間は真珠の養殖に専念しました。

真珠はアコヤガイの体内に核を入れ、アコヤガイに真珠層を巻いてもらうことで作られる『生きた宝石』です。
アコヤガイの真珠層を巻くスピードはとてもゆっくりなので、仕上がるのに約1~2年掛かります。

核を入れるアコヤガイの仕立ての状態や、海の温度に潮の栄養状態などによっても真珠の仕上がりが変化するため、真珠の養殖は非常にシビア。

太さんは「30年かけても、30回しかチャレンジできません。 そのため、技術の向上が非常に難しいのですが、だからこそやりがいがあります。毎年がチャレンジですね!」と笑顔。

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「素晴らしい真珠を作るためには、3つの要素が必要」と、太さんは話します。

一つ、緑色の海であること。
二つ、アコヤガイが元気であること。
三つ、人間の技術があること。

海に栄養が無く、海水の温度や潮の状況が悪ければ、アコヤガイは元気に生きられません。
アコヤガイが元気でも、育てたり核入れをしたりする人間に技術が無ければ、美しい真珠は作れないと言います。

宇和島湾はその条件を満たせやすい、養殖に適した素晴らしい海なのです。

海と貝のプロが作る、ヤマシタパールの特別な真珠

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真珠の養殖場へ向かう船を操縦しながら、太さんは「我々真珠の養殖業者は『真珠のプロ
』というより『海と貝のプロ』なんです」と話します。

海を知り、貝を知り、それらの力を借りながら、アコヤガイのパフォーマンスを最大限に発揮させて、確かな技術でコツコツ作業をした結果が良質な真珠なのです。

アコヤガイが稚貝から真珠が作れる母貝に育つには約2年の月日が掛かります。
海の状況を見ながら調節し、アコヤガイが疲れてむやみに寿命が削られないようにと細心の注意を払って管理しています。

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様々な過程を経て、海から取り出された煌めく真珠たち。
真珠たちは、大きさ、テリ(輝き)、色、傷、形、巻きで細かく分けられ、さらにそこから芯の色でも分けられます。

ちなみに一つの真珠の中に、複数の色が見えるものは、良い真珠の証なのだそう。
手間ひまかけて、必死で作っている真珠だからこそ『できるだけ調色(人工着色)はしたくない』と、太さんは話します。

ヤマシタパールが誇る『ブルーピンクパール』と呼ばれる、真ん中の芯の部分が濃い青色で、外側が淡いピンク色をしているパールは希少価値が高く、高値で取引される極上品です。

芯の色は人工で着色することができないので、とても貴重なのです。

元彫金のクラフトマンが作る、魂を込めた逸品

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ヤマシタパールでは、生産した真珠の約1割を自社用として選り分けています。

デザインから加工まで、自社で手掛けているため、「どんな真珠であっても、良さを引き出せるデザインを無限に作り出せる」と太さん。

ノルマを作って、毎月何個デザインを作るということはせず、仕上がった真珠を見て、インスピレーションを受けてから作るのだそう。

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「この作品は、まだ外の世界を見たことのない真珠の宝箱。 あなたの服やストールに着けて、色々な世界を見せる旅に連れて行って欲しい、という想いで作りました」と太さん。

使える真珠の量にも限りがあり、販売するアイテム数も少ないが、今はそれで良いそう。

太さんは、「自らの手で宝石を創り出せること、そしてそれを使って装飾品を創り出せること。 こんなに楽しくて、嬉しいことは無いですよ! もう、夢中です!」と笑顔が絶えません。

【ヤマシタパール】 真珠の養殖から彫金まで、全てが手作りのパールジュエリー 【愛媛/宇和島市】

太さんの隣で微笑む、妻・真美(まみ)さんも真珠のクリエイター。
真珠の養殖も、宝飾のデザインも手掛けています。

「真珠の養殖は、家族で経営している事業者が多い。 24時間、一緒になって苦楽を共にするので、離婚も少ない。 山下家も、仲良しですよ!」と笑顔の太さん。

これからも家族やスタッフの皆と力を合わせて、最高の真珠を作ると笑う太さんの瞳には、真珠のような輝きがありました。

  • ■ ヤマシタパール
  • 住所/愛媛県宇和島市平浦1028
  • TEL/050-3590-3299
  • 営業時間/10:00~15:00
  • 定休日/火曜日・水曜日
  • 駐車場/あり

ヤマシタパール 公式HPはこちら

reported by Natuorhytym
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